罪刑法定主義の感覚に欠ける

メンヘラを救う方法に関する一考察や、法律に関する話を中心に、様々な話題を提供します。

刑事訴訟法の入門書・基本書・演習書

入門書・基本書

三井誠=酒巻匡『入門刑事手続法』(有斐閣、第7版、2017)

 初学者向き:★★☆☆☆

 司法試験対策向き:★★☆☆☆

 研究用資料として:★☆☆☆☆

 

 刑事手続全体の流れをつかむための本。刑事手続の流れが平易な言葉で書かれていると共に、頁の左側に条文番号が記載されたものとなっている。論点に対する勉強はどうでもいい、刑事手続の流れだけを知りたい、という方は本書を手にとると良いであろう。

 ただ……正直言って、記述が無味乾燥であり、読んでいて退屈である。「入門書」と銘打っているため、論点に関する記述が全くないことがその要因だと思われる。また、初学者からしても、ひたすら制度だけを解説されたところで眠くなることは必至であろう。

 内容自体は非常に正確であるため、例えば、予備試験の口述対策として、ひと通り手続きの流れを復習したい、という方には最適だろう。他方で、それ以外の方は手を出す必要はないのではないだろうか。

 やはり、司法試験を見据えた場合、論点に対する理解は絶対に必要である。そうだとすれば、まずは入門書から、ということで本書に手を出すよりも、どうせいつかは勉強しなければならないのだから、他の基本書等に手を出したほうが良いのではないだろうか。

緑大輔『刑事訴訟法入門』(日本評論社、第2版、2017)

 初学者向き:★☆☆☆☆

 司法試験対策向き:★★★☆☆

 研究用資料として:★★★☆☆

 

 個人的には非常に好きな本。第一に、通説・判例の説明がきちんとなされており、他の基本書ではあまり触れられていない、「かゆいところに手が届く」ところが良い。例えば、職務質問とそれに引き続く留め置きの場面を取り上げ、判例警職法の適用領域と刑訴法の適用領域とを使い分けているという指摘や、あるいは、訴因変更の要否における「審判対象の画定に必要な事実」とは何かについての解説等は、非常に参考となった。一度刑事訴訟法を勉強したことがある人でも、本書を読めば新たな発見ができると思われる。

 第二に、緑教授の自説もきちんと述べられていることから、研究用資料としても参考となり、非常に興味深い。逮捕に伴う無令状捜索・差押えについて定めた220条についての緑教授の(独自の)見解は、とても面白く読むことができ、私は緑教授の論文にまで手を出してしまったほどである。(緑大輔「逮捕に伴う対物的強制処分―緊急処分説の展開」浅田和茂ほか編『人権の刑事法学―村井敏邦先生古稀記念論文集』(日本評論社、2011)234頁以下。)

 とはいえ、司法試験対策といった観点から見た場合、読めば非常に勉強になるものの、「答案にそのまま活かせる表現」は少なく、論文対策に直結するわけではない。この点で、★3つと評価した。

 そして、司法試験対策としてそれなりに役立つと指摘したことからも分かるように、同書は初学者には難解な分野まで幅広く説明されているため、初学者では面食らってしまうであろう。初学者が読むべき本ではなく、刑事訴訟法を勉強した人が最後の総仕上げとして読む本だと感じている。

川出敏裕『判例講座 刑事訴訟法〔捜査・証拠篇〕』

 初学者向き:★★★★☆

 司法試験対策向き:★★★☆☆

 研究用資料として:★★★☆☆

 

 判例が非常に丁寧に解説されているため、判例に対する理解が深まることは間違いない。司法試験の刑事訴訟法科目において、判例理解の重要性は論を待たないところであり、刑事訴訟法学の非常に有力な学者の一人である川出先生の判例理解を知っておけば、司法試験に役立つことは間違いないだろう。

 他方で、同書は判例解説という点で一貫しているため、答案に活かしやすいかと言われると若干難しい。つまり、判例を導く理由付けを本書で知る、といったことはあまりないのである。

 そうすると、当てはめがどうも苦手だ、といった方や、あまり刑事訴訟法判例を読んだことがない、という方向けの本ということになろうか。

 なお、この本が判例解説の参考となることはもちろんであるが、川出先生の自説があまり出ていないため、その点で研究用資料としては若干向かないといえる。川出先生の自説を知りたければ、川出先生の論文等を精読するしかないということか。

宇藤崇=松田岳士=堀江慎司『刑事訴訟法(LEGAL QUEST)』(有斐閣、2012)

 初学者向き:★★★★☆

 司法試験対策向き:★★★★☆

 研究用資料として:★★☆☆☆

 

 基礎から応用まで、丁寧に解説されている。初学者から司法試験受験生まで、幅広くオススメできる本である。判例の引用数も多い上、論点の理由付けもきちんとなされており、答案に活かせる表現が多い。堀江先生執筆の証拠法分野は非常に分かりやすく、ここを読むだけでも勉強になるだろう。

 惜しい点は、「公訴事実の同一性」についての記述が分かりにくいという点である。特に初学者の方にとっては難解であろう。この部分については理解できなくてもやむを得ないのではないだろうか。

 なお、著者の自説は最小限に抑えられているため、研究用資料にはあまり向かない。また、学説の引用もないため、この点でも研究用資料としては用いにくい。

酒巻匡『刑事訴訟法』(有斐閣、2015)

 初学者向き:★☆☆☆☆

 司法試験対策向き:★★★★☆

 研究用資料として:★★★★☆

 

 酒巻先生の見解で一色に染められた本である。酒巻説と心中する気はない…という方も、心配する必要はない。酒巻先生の見解といえども通説と重なっている部分もあるし、また、通説ではないにせよ、酒巻説は有力説であることがほとんどであるため、酒巻先生の見解をとったがために試験で点が取れない、ということはあり得ないからである。したがって、司法試験対策本としては有用である。理由付けがコンパクトに書かれているため、答案にも活かしやすい。

 ただ、この本は、ひと通り刑事訴訟法を勉強し、かつ、刑事訴訟法がそこそこ得意な人向けの「司法試験対策本」であろう。刑事訴訟法があまり得意でない、という人は、リーガルクエストを基本書に据えるべきだと考える。その理由は、冒頭で述べたとおり、「酒巻先生の見解で一色に染められた本」だからである。すなわち、酒巻先生以外の他説の紹介がほとんどないため、刑事訴訟法が苦手な方がいきなり本書を読むと、混乱してしまうかもしれないのである。基礎はひと通り分かった、という方が本書を読めば、答案に活かせる点が多々見つかり、「一歩先」へ進むことができるであろう。

 なお、酒巻先生は刑事訴訟法学における非常に有力な学者の一人であるため、研究用資料として有用であることは異論がない。

池田修=前田雅英刑事訴訟法講義』(東京大学出版会、第5版、2014)

 初学者向き:★★☆☆☆

 司法試験対策向き:★☆☆☆☆

 研究用資料として:★★☆☆☆

 

 申し訳ないが、この本では司法試験には太刀打ち出来ないであろう。理由付けが浅く、理論的な説明に乏しい。それだけでなく、「結局どの説をとっているのか」が不明なことも多い。いずれにせよ、答案に活かしにくい本であることは間違いない。

上口裕『刑事訴訟法』(成文堂、第4版、2015)

 初学者向き:★★★★☆

 司法試験対策向き:★★☆☆☆

 研究用資料として:★★★☆☆

 

 同書は割と受験生のシェアを獲得しているらしい。確かに、論点はきちんと網羅されている上、基礎から叙述するスタイルをとっているため、全体的に分かりやすいからであろう。初学者が読んでもついていける本であると私も思う。

 ただ、司法試験対策向きかと言われると、若干疑問符が残る。というのも、上口先生は独自説をとっていることもそれなりにあるのだが、それが独自説であることが本書を読むだけではよく分からないからである。

 そうは言っても、上口先生の見解が全くあり得ないという訳でもなく、受験生のシェアがそれなりにあることを踏まえると、★2つというのは辛口すぎる気もする。上口先生の本だけでも合格することは十分可能であろう。

田口守一『刑事訴訟法』(弘文堂、第7版、2017)

 初学者向き:★★★☆☆

 司法試験対策向き:★★☆☆☆

 研究用資料として:★★★☆☆

 

 某予備校のテキストの下地になっている本という噂がある(本当かどうかは知りません)。細かい論点も割と触れられており、論点の網羅性は問題ないため、基本書として用いることは十分可能だと思われる。

 もっとも、全体的に記述があっさりしており、理由付けがあまり説得的でないことも多く、「規範は分かるがそれを導く理由がよく分からない」ということが多々ある本だと個人的には感じている。学習が進んだ者からすると、物足りない本になってしまうだろう。

 なお、「公訴事実の同一性」の判断基準について本書は非常に特異な見解をとっているが、それが本書の中では明示されていない(正直言って、あたかも通説であるかのように書かれている)点が少々怖いことを付言しておく。

演習書

古江賴隆『事例演習刑事訴訟法』(有斐閣、第2版、2015)

 初学者向き:★☆☆☆☆

 司法試験対策向き:★★★★★

 研究用資料として:★★★☆☆

 

 もはやコメント不要の「司法試験対策の王道」。予備校本だけで試験を乗り切る!という人であっても、本書だけは是非手にとってほしい。

 演習書を名乗っているが、実際は論点解説本と言って良い。最近の学説・判例の理解を前提にしており(引用・脚注もしっかりしている。)、既存の論点知識を司法試験レベルにまで一気に引き上げてくれる。一度刑事訴訟法を勉強したことのある人がこの本を読んで、「何も学ぶことがなかった」ということはあり得ないだろう。必ずや、何かしらの勘違いに気付くに違いない。

 なお、同書のコラムは非常に有用で、初学者が抱く疑問がQ&A形式で書かれている。最初から最後まで、学習者に徹底して配慮がなされている本である。

 古江先生の自説もそれなりには述べられているので、研究用資料としてもそれなりには役立つ。もっとも、学習用の教材という色彩が強いという点から、★3つとした。

佐々木正輝=猪俣尚人『捜査法演習』(立花書房、2008)

 初学者向き:★★☆☆☆

 司法試験対策向き:★★★☆☆

 研究用資料として:★★☆☆☆

 

 元検察官の著者二人による演習書。実務の立場で徹底して答案を書きたい、という方は本書を手にとると良いだろう。解説は非常に丁寧(ただ、逆に言えば若干解説が冗長だと個人的には思った。)で、当てはめ部分まで解説されている点は学習者にとってありがたい。また、マニアックな論点まできちんと紹介されている点も特徴的である。

 もっとも、私が司法試験対策として★3つとした理由は、やはり実務に偏りすぎている感があり、読み進めていく中で、理由付けもあまり説得的でないと思うところがそれなりにあったからである。(とはいえ、私ごときが違和感を覚えているとしても、本書をベースに司法試験の答案を書いてバツにされるわけもないので、特に気にするところでもないとは自覚している。ただ単に私は、自分自身が納得できるものでないとと答案に書きたくない、という性分だったがために、本書が合わなかったというだけである。)

 実務ベースで答案を書きたい!という方にオススメの一冊である。なお、あくまで演習書なので、研究用資料としてはあまり向かないであろう。